優秀フィールド論文賞
矢守 克也・舩木 伸江
語り部活動における語り手と聞き手との対話的関係 ― 震災語り部グループにおけるアクションリサーチ第7号(2008年),60-77.
本稿は、阪神・淡路大震災の被災者の語り部活動に密着し、そこで体験された困難の意味とその解決の方向を探った論文である。アクションリサーチの実践記録としてすぐれているばかりではなく、語り手の行う「震災の語り」が、聞き手の期待する「防災の語り」との間で齟齬をきたすようになったという指摘や、その背景に語り部たちの認知的・表象的理解への期待があるという分析など、他の様々な語りの実践にもあてはまる内容は、この研究が含意する射程の広さを示唆している。加えて、バフチン特集に投稿された論文としてバフチンの概念を援用してはいるが、それに振り回されることなくボトムアップ的な分析に接合している点も、いわばバフチンの概念を「内的説得力ある言葉」として現代の質的研究に生かしていく可能性を示しているという意味で、高く評価された。以上の理由により、本論文は優秀フィールド論文賞にふさわしいと判断された。
優秀思索論文賞
五十嵐 茂
バフチンの対話理論と編集の思想第7号(2008年),78-95.
本論文は、編集者として著者自らが本と読者との間に位置しながら考えてきた編集の仕事の意義を、バフチンの「テキストの生の出来事」という概念を軸にして、著者の作り出す作品テキストと読者の持つ自己テキストの間の応答と意味交換として読み取っていく思索の過程を綴ったものである。バフチンの言う「対話的関係」について、編集の仕事の具体の中で自らの言葉に内在化しながら咀嚼し、ともすればただ使い勝手と響きの良い用語として便利に引用されるバフチンのテキストを自家薬籠中のものとしていく過程が完成度の高い文章表現と共に展開している。終章の「成熱した本とは何か」の論考では、論文や本の書き手でもあるわれわれにとって、キリリとした態度を喚起し、読むものとの対話を誘い出す構成は、質的研究がめざす実践についての自己省察(リフレクション)の契機に富んでおり、優秀思素論文賞の授与がふさわしいと判断された。
優秀理論論文賞
渡辺 恒夫
独我論的体験とは何か ― 自発的事例に基づく自我体験との統合的理解第7号 (2008年),138-156.
本論文は、独我論的体験と自我体験とを統合的に理解する枠組みを新たに提案した理論的論文である。独我論的体験とは自分という存在が他者や世界全体と対置されて、自己の孤立性が鋭く意識される体験である。自我体験とは自己の自明性への違和感や疑問が生じる体験である。この二つの体験の差異と類似性とを分析するために、本論では自発的に報告された体験側を抽出し「テクストの一人称読み」という新たな方法を用いて分析が行われている。解釈的方法を充分に自覚した上で、諸事例の判定基準を内容的に精進している点は高く評価できる。また、報告者の体験のユニークな図式化も斬新で評価に値する。そのような図式化を媒介にして、自我体験を個別的特定的自己同一性の自明性の破れ、独我論的体験を頻的存在としての自己の自明性の破れとして描き切った力量は卓越したものである。よって、本文は質的心理学研究における優秀理論論文に値するものと判断された。




