最優秀論文賞
関根 和生
幼児期における発話産出に寄与する身振りの役割第9号(2010年),115-132.
「最優秀論文賞」という名づけは、選考委員の全員が、1位あるいは2位で推薦をし、最高票を得たことも理由の一つであるが、委員会では「レビューも、理論的な議論も、量的な検討や質的な分析も、考察においても、十分に吟味されたとても独創的な研究」であることが高い評価を得た。子どもの身振りが持つ二つの機能、「視覚的フィードバック機能」と「文脈創造機能」の指摘は、文構築や発話構造の発達における身振りの役割を具体的に示唆した点で、優れていると判断された。それはマクニールの独創性ある理論に適切に依拠し、手間のかかる映像の分析を厭わないことによって初めて成し得ることである。発話と身体の関係は、古今東西、声高に指摘されていてもなかなか具体的な検証が難しいものであるが、本研究の様なアプローチで身体を前提としたことばの解明が進み、言語理論自体にも革新的変化をもたらすことが期待される。このように、読者に研究の未来への夢を鼓舞、鼓吹する点も、最優秀論文が備えるべき必須の質であろう。
優秀フィールド論文賞
柴坂 寿子・倉持 清美
幼稚園クラス集団におけるお弁当時間の共有ルーティン ― 仲間文化の形成と変化第8号(2009年),96-116
本論文は、幼稚園のクラス集団の縦断的な調査から、子たちが用いる「~の人、手ー挙げてー」「はーい」という共有ルーティンの生成過程と特徴、及びその機能を、仲間文化の形成と変化の視点から分析、記述したものである。紹介されたルーティンの記述を追っていくと、4、5歳の子どもたちの人間関係の粗密の変化が、その場に居合わせたように伝わってくる。子どもたちは、保育者に見守られてはいるが、受け身の姿勢で過ごしているだけでなく、共有ルーティンをリソースの一つとしながら、主体的に、ときに駆け引きをしながら、仲間との関係を作り出しているのだ。それに納得させられるのは、日常の営みを見落とさずに拾い上げるフィールドワークの卓越さと、子どもの視点からの徹底した分析とその緻密さゆえである。加えて、質的な分析と記述のスタイルは、詳細な検討から選び取られており、集団のルーティン分析の一つの手本にもなり得る。以上の理由により、本論文は優秀フィールド論文賞にふさわしいと判断された。
優秀理論論文賞
松尾 純子
体験を語り始める第9号(2010年),6-24.
人が自分の秘してきた体験を語り始めるとき、語らない自分から語る自分へと移行する。
そこに何らかのアイデンティティの変化が含まれる。聞き手や場の違いによって、体験の意味も動き、再構成される。それがアイデンティティの変化につながる。このことはすでにいろいろなナラティヴ研究が指摘していることであるが、松尾さんは、語りとアイデンティティの相互作用を原爆体験者27名のライフストーリー・インタビューを通じて、精緻にとらえた。聞き取られた体験の語り資料のどこに注目して分析するのか。誰もが苦労するところであるが、松尾さんは語り行為に注目し、誰に、いつごろ、どういう状況で語っているかを分類整理する。この作業を通じて語る行為が私的な語りから社会的な語りへと、移行することを見出す。このような語りの移行がどのような内的・外的条件すなわちアイデンティティの個人的側面・社会的側面で生じるのかを明らかにしたのが本研究である。自分のライフストーリーを完結させるために原爆体験を語り始めるということがある。このとき「被爆者」であるというアイデンティティが人生に意味を付与する。松尾さんの研究を通じて伝わってくるのは、人のこのような生きる力である。今回の受賞は深い実践的意味も含む研究の一貫性が評価されたものである。




