優秀実況中継分析論⽂賞
劉 礫岩・細馬 宏通
スポーツ実況における発話による出来事の指し示し ー 「こ」系指示表現と間投詞「ほら」の相互行為上の働き ー第16号(2017), 46-62.
本論文は、第16号の特集「質的研究における映像の可能性」を構成する一論文である。この特集にふさわしく著者たちは、スポーツ実況のテレビ中継といった非常に場面展開の速い映像について、アナウンサーと解説者が連携して、映像に現れる変化を言葉と巧みに結び付けて指し示す活動を、緻密に分析することに成功している。具体的には、カーレースのテレビ実況中継をデータとして、「あっ」などの間投詞と、「これ」などの「こ」系指示表現が用いられて、変転する映像を的確に指し示す活動の詳細が明らかにされる。例えば「これ」を用いることで、現在の映像内の特定の状況に注意を惹きつけるだけでなく、話者がすでに当該状況を把握していることを提示したり、「ほら」を用いて、当該映像の出来事が話者自身の意見や予想と適合する/しないことを提示したりする。そしてこれらの活動が同時に、実況におけるアナウンサーと解説者の職業的なアイデンティティの差異も作り出している。分析とともに示されるカメラワークの絶妙さに驚かされるとともに、アナウンサーと解説者の協働の技巧を解明した労作である。
優秀生態観察論⽂賞
水谷 亜由美
幼児はいかに友達と食べ物を分かち合うか ー 「森のようちえん」のお弁当場面にみる食の自律性第17号(2018), 164-184.
本論文は、「森のようちえん」におけるお弁当の分かち合い行動に、幼児の自律性がいかに反映されているのかを、長期間にわたる詳細な観察に基づいて検討したものである。著者は、約1年半に渡って計63日のフィールドワークを行い、「消極的な観察者」として、お弁当場面における幼児の会話や食行動、表情の記録を中心に、登園時から降園時までの観察を行っている。そして、観察メモおよび静止画・動画の記録から、174の分かち合い場面を同定し、分かち合い行動の生起の仕方やその特徴を分析している。さらに、全体的な分析に加えて、観察期間中、分かち合いへの参加頻度が最も高かった男児のケースを取り上げて、その特徴を縦断的に検討している。結果として、食の分かち合いにおいて、幼児が、友達との関係性、好物への愛着、作り手の愛情などの多様な価値をめぐって葛藤し、自らの意思と規範の調整を図るという意味での自律性が発揮されていたことが明らかになった。
このように本論文は、「森のようちえん」の幼児たちの綿密な生態観察に基づいて興味深い知見を示唆した労作であり、優秀生態観察論文賞を贈ることとした。
優秀タイムリー論⽂賞
浅井 亜紀子
職業アイデンティティ・ショックと対処方略 ー 来日インドネシア人看護師候補者の自己をめぐる意味の再編過程第17号(2018), 185-204.
経済連携協定(EPA)によってインドネシア人看護師候補者の日本への受け入れが開始されたのは2008年である。本研究は、この文化間移動によって看護師候補者たちが感じている否定的情動と、それに対処するために自己をどのように意味づけているのかを、M-GTAによって描き出したものである。
9名を参加者として、日本とインドネシアの双方で5年間にわたって行われた面接調査は、質的データに時間的な厚みを持たせ、事例の紹介と理論化によって示された成果は、リアリティと説得性を読み手に感じさせるものであった。具体的には、否定的情動は、母国で「正看護師」であった候補者たちが、日本において職務においても制服や名札もおいても「看護助手」として扱われたことによるショックなどとして見出され、それへの対処は、前面に出てくる私の意味を「看護助手」から「国家試験受験者としての私」へと変化させる、「私についての意味の再編」として描き出された。この文化接触に伴うアイデンティティ・ショックとその要因、さらにそれへの対処として見出された心理的過程は、質的研究の成果として独創性が見られるのみでなく、今まさに、困難を抱えている者を救う知見として時機にかなっており、今後も起こり得る社会問題に対しても、有用な知見を提示している点が高く評価された。




