優秀論文賞(伝承の共同構築賞)

竹内 一真

ガラス工芸の復活を通じた世代間の関係性構築の語り―ナラティヴ・アプローチから捉える新たな制作物の開発過程22号 (2023),p.332-351.

受賞論文は、ガラス工芸の復活に関して中心的に携わった3名の当事者にライフストーリーインタビューを実施し、一度は途絶えたが復活を果たした技能に関して、ナラティヴ・アプローチを通じて新たな制作物の開発に至るまでの過程を捉えたものである。分析によって、継承リテラシーの獲得過程が抽出され、制作物の物語的自己同一性の再構築へと向く様相が描き出されている。学会賞選考委員会では本論文が、世代継承性の課題においてナラティヴ・アプローチの特徴が活かされた研究になっていること、すでに先行世代が没しているにもかかわらず、インタビューを通じて不在の他者との内的対話を深め、その対話が新たな意味構築の発動力になっていること、そして「継承リテラシー」という新しい概念を抽出しえたことが評価された。ナラティヴ・アプローチは具体物を介することで、語りが促進されるという特徴が本研究からよくうかがえ、今後の研究の範の一つとなることが期待される。


優秀論文賞(古典再生・ダイアリー分析賞)

田中 元基・大橋 靖史

20年間にわたる日記に表現された生活空間の変容―認知症の疑われる女性の書いた日記のドキュメント分析23号 (2024),p.133-154.

家族から認知症を疑われた女性の20年間にわたる日記を丁寧に読み込んでいこうとする著者らの粘り強い姿勢、根気強い分析にまず敬意を表したい。質的心理学研究ならではの論考である。本論文を優秀論文賞として評価した理由を以下に述べる。
まず興味が惹かれたのは、クルト・レヴィンの生活空間概念を援用して、テキストのドキュメント分析から生活空間の変容を読み取ろうとするユニークさである。生活空間を図式化するという手法により、レヴィンの理論を現在に復活したオリジナリティを高く評価した。認知症が進行していく20年の時間の中での変容を、読み手がなぞるように理解できる描かれ方がなされており、新たな人間理解に資する。
次に、日記・ダイアリー研究に新たな分析の筋道を示したという貢献である。日記に記されている回顧的な言葉を分析していくとき、その場、その日、その時に応じて複数の自己物語が生じうることに対する自覚が求められる。この点に著者らは自覚的であろうとし、3つの生活空間の段階変容を分析するプロセスを通して、「現在から過去を振り返ったものは、当時の生活空間と異なるものである」ことも言及している。日記・ダイアリー分析として安易な言語的分析に留まることなく、ライフストーリーとはまた異なる人生の提示の仕方がなされていることに価値がある。
これらを踏まえ、古典理論であるレヴィンの概念が新たなかたちで私たちに提示されるとともに、日記・ダイアリー分析に新たな道標を立てた本論文は古典再生・ダイアリー分析賞に相応しいと判断した。なお、認知症にとらわれずにその人らしさを見るという個別性が十分には伝わってこなかったという指摘や、レヴィンの枠組みに収斂させるのはもったいないという意見も委員からはあった。今後の研究によりこれらの課題を発展的に解消していくことも期待したい。


優秀現場研究報告賞

北村 篤司・北村 つかさ

夫婦間の対話を促進するための実践の試み ─ 共通性と差異から⽣じるリフレクティングに注⽬して23巻 Special 号 (2024), p.S32-S38

本研究では、当事者同⼠による当事者研究やオープンダイアローグに着想を得て、筆者夫婦と4組の夫婦とのダイアローグを⾏っている。そして、ダイアローグによって⽣じるリフレクティングで明らかになった夫婦間の共通性と差異を中⼼に、各々の夫婦について理解が深まる可能性を提⽰していた。
夫婦や家庭はそれぞれ唯⼀のシステムをかたちづくっていて、⾃分がいるのはどんなシステムなのか、内側にいると⾃覚しづらい。ダイアローグの単位は通常個⼈であるが、夫婦を単位に据えることで、夫婦同⼠の対話により⽣じるリフレクティングにより、各々の夫婦がかたちづくっているシステムの⾃覚ができることを本研究は提⽰している。さらに、本研究で実施した夫婦同⼠の対話に、課題に記されていた夫婦内の対話をくわえて、⼆重の夫婦間の対話を検討することで、新たなダイアローグのかたちを切り拓くことが期待できるのではないか。現時点の成果は萌芽的な内容にとどまり、課題(本調査協⼒者は当事者研究者になっていない、知⼈同⼠以外に拡げる可能性など)も少なくない。しかし夫婦研究の今後の発展可能性への期待が⾼かった。ぜひ夫婦研究をつくっていってほしい。


優秀現場研究報告賞

広津 侑実⼦

⼼理職は聴覚障害のある⼈をどのように認識しているのか─聴覚障害のある/CODAの⼼理職と聴者の⼼理職の語りの⽐較から23巻 Special 号 (2024), p.S78-S85.

聴覚障害のある⼈に対する⼼理的⽀援はいまだ少ない。その要因の⼀つとして、聴覚障害のある⼈に対する⼼理職の理解が進んでいないことが挙げられる。著者はろう学校でスクールカウンセラーとして実践を⾏いながら、聴覚障害者への理解の枠組みに、健聴者の視点がどのように⼊り込むのかという課題に取り組んでいる。本論⽂は、聴覚障害のある⼈を⽀援する⼼理職への半構造化インタビューを実施し、聴覚障害のある⼈の置かれている社会的背景、対⼈関係・コミュニケーションの様相、障害にまつわる特性が、理解の枠組みになっていることを⽰した。さらに、聴覚障害のある/CODA(聴覚障害のある親をもつ聴者の⼦ども)の⼼理職と聴者の⼼理職で認識のありようを⽐較検討した。⼿話か⼈⼯内⽿によるサポートかという⼆分法ではなく、⽣き⽣きとしたコミュニケーションがどういう⾵に⽣じるか。その内実をよく⽰した研究になっている。聴覚障害のある⼈への⼼理⽀援において、思考や感情を含むコミュニケーションを可能とする関係性を構築していくことの起点を⽰すものである。


優秀現場研究報告賞

酒井 晴⾹

個⼈商店における出会いの予測可能性とあいさつ⾏為23巻 Special 号 (2024), p.S112-S118.

本論⽂は瀬⼾内海の島しょ地域の個⼈商店における店員と常連客の相互⾏為開始局⾯を2つの商店を⽐較して分析している。両店とも店舗空間の物理的境界を越えて店員と客の出会いが始まる。⼀⽅の商店では、あいさつ⾏為が不在であり、他⽅の商店では、呼びかけとしてのあいさつ⾏為が観察された。本論⽂の優れている点は、まさに現場での調査を通して、⼀商店でのあいさつ⾏為の不在理由を突き⽌めたことにある。つまり、この商店も含めて⼈々が滞留する習慣が地域社会に定着しており、それによって、コミュニティ全体に「偶発的な出会いに対する⾝構え」が共有されているからである。⼈類学のアフリカ研究からヒントを得て、相互⾏為の開始⼿続きを踏む必要がないほど、出会いが常態化した結果、あいさつ⾏為の不在が起こるという説明は説得的である。外から店内が⾒えない別の商店では、通常のあいさつ⾏為ではなく、⾃分の来店を店員に気づかせるために、あいさつを呼びかけとして利⽤することが観察された。島しょ地域という⽐較的コミュニケーションが限定された空間において、出会いの予測可能性が⽣まれる機序をよく分析できている。