優秀理論論文賞
サトウ タツヤ・安田 裕子・木戸 彩恵・高田 沙織・ヤーン ヴァルシナー
複線径路・等至性モデル ― 人生径路の多様性を描く質的心理学の新しい方法論を目指して第5号(2006年),255-275.
本論文は、人間のライフコースについて、その時間的変化を文化との関係で展望する新しい試みとして「複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)」を提出したものである。質的研究の発展のためには、理論的、方法的に多くの研究や事例を統合的に理解できる理論やモデルを提出し、実証的な研究との関連を追求していくことが必要である。本研究は、おもに決の3点において高く評価された。第1に、ヴァルシナーの理論的アイデアをもとに「非可逆的時間」「等至点」「複線径路」「分岐点」「歴史的サンプリング」などの新しい概念を具体的に提示していることである。第2に、多様な実際の研究例を提出しながら日本育ちの理論モデルとして発展させており、今後もさらなる発展が期待されることである。第3に、国際的な共同研究として海外に向かって積極的に展開しており、国際コラボレーションによる研究方法としても優れたモデルになることである。以上から、優秀理論論文賞にふさわしいと考えられた。
優秀フロンティア論文賞
西崎 実穂
乳幼児期における行為と『痕跡』 ― なぐり描きに先立つ表現以前の“表現”第6号(2007年),41-55.
本論文は、2名の乳幼児の生後2ヶ月から18ヶ月までの合計93時間に及ぶ縦断的ビデオ記録を精査し、乳幼児の環境に対する反復的な変更行為を抽出し、それらを分析した論文である。ギブソンにならって、西崎は面の上の運動が連続的に記録されたものを「痕跡」と呼ぶ。乳幼児はいかに「痕跡」を生みだしそれを探索するのか。乳幼児のそのような環境への独特の探索活動を、描画活動や造形活動にもつながっていく表現以前の表現行為として意味づけた視点がきわめて斬新である。この「痕跡」という視点から、環境世界における乳幼児の活動に新たな光が当てられ、新鮮な乳児像が浮かび上がってくる。アート的な活動として、シーツにしわを作ることや、床に落ちたヨダレを触ることや、食べ物をなぶることなどを意味づけることが可能になるのである。本論が乳幼児の「痕跡」を生み出すものとして取り上げた活動は、実に多種多様である。本論は、乳幼児の知覚活動やアート活動の研究に新たなフロンティアを切り開いたと高く評価することができる。
優秀フィールド論文賞
青木 美和子
記憶障害を持って人と共に生きること第6号(2007年),58-76.
本論文は、記憶に障害をもつとされる高次脳機能障害者の生活の場において、その障害の現れと対処のありようを、積極的参与型のフィールドワークによって明らかにしたものである。一般にはあまり知られていない小規模作業所という生活の場に入ってエピソードをていねいに収集し、それをもとに、関係のなかで現れる「こと」として記憶や記憶障害をとらえ直そうとした点に本論文の新しさがある。障害を理解する際に医学的視点をカッコに入れてその社会的な構築を指摘するのは、近年の障害学においては珍しくないかもしれないが、特定の認知障害に光をあてた上で、経験的データに基づいて説得力のある議論を展開した点が高く評価された。また、そうした記憶障害をもつという状態が見えにくくなるフィールドの特殊性を、共に生きる生のかたちとして呈示した点も、障害者の臨床・援助の領域に対する1つの問題提起として重要な意味をもつものと考えられた。




