橋本 栄莉(優秀実践フィールドワーク論⽂賞)

難⺠の実践にみる境界と付き合う⽅法 ー ウガンダに暮らす南スーダン難⺠の相互扶助組織を事例として ー第18号(2019),76-94.

本論⽂は、第18号の特集「ゆるやかなネットワークと越境する対話―遊び、学び、創造―」を構成するものである。ウガンダ共和国に暮らす南スーダン共和国からの紛争難⺠を事例として、難⺠間の相互扶助組織がいかにして定住区で⽣じるさまざまな位相の問題を処理しているのかを明らかにする。この組織は問題を解決する⼀⽅、「⺠族」という境界を強化し、他者を排斥する傾向がある。著者はさらに新たな共同体はコミュニティ構築の⽅法を提⽰する演劇サークルの実践に注⽬する。その実践は「⺠族」もふくめさまざまな境界を曖昧にしながら、難⺠たちに⽣きるための知や⽅法を提⽰するという。こうした論述をもとにして、本論⽂では「難⺠」という状態で、⼈々がいかにして他者とつきあい、境界とつきあっているのか、その実践や⽣きる場づくりを描き出すことに成功していると⾔えよう。時間をかけた丁寧な⼈類学的フィールドワークをもとにした質的調査研究が本誌に掲載されることはあまり記憶がなく、着⽬に値する。ただ状況説明など本論に⼊る前段の説明に紙幅を割きすぎた印象がある。そこを⼯夫していれば、後半の分析をもう少し余裕をもって展開できたのではないだろうか。ただそうした思いも本論⽂がもつ⾯⽩さから出てくるものだ。難⺠が⽣きる場でどのように問題と向き合い、問題とつきあっているのかという「実践的」課題を描き出す、優れた「実践フィールドワーク」論⽂として、⾼く評価したい。


優秀創⽣フィールドワーク論⽂賞

岡部 ⼤介・⼤⾕ 紀⼦

アーティストと⼈⼯知能技術の協働作曲にみる創造と省察第18号(2019),61-75.

本論⽂は、第18号特集「ゆるやかなネットワークと越境する対話―遊び、学び、創造」の⼀編として、作曲という芸術活動と、⼈⼯知能という情報技術とを、⽂字通り結びつけた取り組みである。創造性は⼼理学にとって重要な研究テーマであり続けてきたものの、アーティストの活動は⾨外漢には敷居が⾼い。⼀⽅、AIという⾔葉や技術はすっかりわれわれの⾝近になったが、質的⼼理学にとっては縁遠い研究領域と⾒なされがちである。筆者たちによる、この両者を組み合わせ、探求と協働の新たなフィールドを⽣み出した越境の試みが、学会賞選考委員会では⾼く評価された。『質的⼼理学研究』に、おそらくは初めて楽譜が掲載されたことにも象徴されるように、本論⽂は、質的研究の新しい実践と表現の可能性を⽰すことに成功している。アーティストにただ⽬新しい機会を提供したにとどまらず、その作曲プロセスを観察し、インタビューを重ね、創作活動に対する省察をともに深めた点に、本研究最⼤の特⾊がある。欲を⾔えば、作曲場⾯やAIとの対話についてはさらに緻密な観察を期待したいところであるし、AIが介在しない活動との根本的な相違についても検討が必要となるであろう。しかし、このような問いを喚起し、質的⼼理学にさらなる探求と実践の可能性を⽰したことを、まずもって評価したい。芸術も科学技術も、⼈の織りなす創造的な活動であり、それはフィールドワークにとっての⽋かせない対象であることを、本論⽂は再認識させてくれたといえる。


優秀変⾰期フィールドワーク論⽂賞

⼩林 惠⼦

後ろ向きの越境と境界の変容に関する研究 ー 危機に直⾯した企業組織でのフィールドワークから⾒えてきたもの第18号(2019),41-60.

経営危機に直⾯し外資企業に買収され、その傘下に⼊った再建中の⽼舗企業において、⼀部の社員が業績の芳しくない事業部から、⼀時的に組織された販売活動チームに集められ、未経験の販売強化活動に従事する――本論⽂はそのチームの活動と、活動の⽀援者たちによる実践に焦点をあて、「越境」の諸相についてエスノグラフィーとして描いた第18号特集論⽂である。チームのメンバーは販売促進イベントや⼾別の訪問販売など昔ながらの活動に従事するが、その成果は労⼒に⽐して低調である。筆者は⽀援者の⽴場を得てフィールドに関わり、変⾰期に⼀時的なポジションに置かれた⼈たちの⼾惑いや葛藤、動機などを丁寧にすくい取っている。
誠に誰もが「汗を流した」論⽂である。会社の変⾰期に将来展望よりも今どうするかということに悩みつつ慣れない販促に従事する研究協⼒者も汗を流し、貴重なフィールドで、時に煙たがられながら、チームのメンバーの多様な声をすくい取ろうとする筆者も汗をかいている。⼾別訪問販売の場⾯で、かつて⾃分が開発に携わった製品を筆者に解説する場⾯に、苦境に⽴つ会社の現実が映し出される。このような調査が実現したことが意義深く、メンバーの、⼀様ではなく揺れ動く「⽣」を描き出そうとする姿勢に、「研究すること」の重さや原点を読み⼿に喚起させる論⽂である。
議論の可能性は、上記の実践における越境について、「後ろ向き」とするところにあるだろう。筆者はこの越境について、⾒え隠れしたり、⾃他双⽅が創り出したり、浮遊したりするなど、複雑で多様な在りようを論じている。メンバーが「あちらが本当の居場所」だが「戻れないかもしれない」と境界⾃体を可視化させるかどうか、葛藤する様⼦も描かれる。意図せずあるいは不本意に販促活動に関わることが「後ろ向き」なのだとしたら、調査時から3年ほど経ち、企業も⽴ち直りつつある現在、彼らにとっての「境界」とはいかなるものに変化しただろうか。興味がつきない。