優秀フロンティア・スピリット論文賞
松本 光太郎
掃除ロボットに同行するフィールド観察研究 ― 動く人工物から探索する人間の周囲に広がる意味21号(2022),pp.51-70.
本論文は、家庭環境のなかで動く掃除ロボットを観察し、ロボットの動き、環境との接触、人間の行為に関する事例の収集・分析を通して、人間―家―ロボットの系において生じる環境と行為の相互生成プロセスの一端を明らかにしたものである。
「人工物だが動く」という特異性を持つ掃除ロボットに着目するからこそ、人工物と人間それぞれの特性、両者の違いや関係について、新たな視点で考えることが可能になる。掃除ロボットが動くことで環境との接触が生まれるが、その接触の仕方は環境(人工物か人間か、物であればその性質)に左右される。ロボットの動きが自らの環境を変化させ、その結果としてロボット自身の動きが変わることもある。掃除ロボットを家庭に導入し、動かしているのは人間であるが、ロボットに掃除させるためにあらかじめ物を動かしておくなどの配慮をしたり、ロボットが接触して変えてしまった環境を元に戻したりするなど、人間自身がロボットによって動かされてもいる。このように、人間とロボットが互いの環境と行為を構成し合うさまを、観察を通してさまざまな形で描き出している点、人工物と人間にとっての環境の違いや両者の関係を研究するための新たな方法が提案されている点が、高く評価された。その一方で、捉えようとする現象が複雑な入れ子構造になっているがゆえの記述の困難さや、人間に固有とされる心理的環境とは何かについてのさらなる議論の必要性などの課題も残されている。
人工物に関する質的心理学研究の新たな地平の開拓に果敢に挑み、さらなる研究へとつなげた点を評価し、優秀フロンティア・スピリット論文賞を贈ることにする。
優秀フィールド実践記述革新論文賞
宮前 良平・置塩 ひかる・王 文潔・佐々木 美和・大門 大朗・稲場 圭信・渥美 公秀
実践としてのチームエスノグラフィ ― 2016年熊本地震のフィールドワークをもとに21号(2022),pp.73-90.
本論文は、チームエスノグラフィーの方法論的可能性について論じるため、熊本地震の発生直後から、救援のために同地を訪れた筆者らがチームでおこなった実践事例の記述をもとに考察したものである。
筆者らはエスノグラフィーには2つの乗り越えるべき理論的課題があるという。ひとつは、同じ現場をみても、人によって見えてくる現実は異なり、なにをもってその現場の「真実」だと決めることができないという「羅生門問題」である。もうひとつは、そのような潜在的には多様で対立を生じるかもしれない事実が、エスノグラフィーの執筆過程で統合され、ひとつの「真実」をつくってしまうという「共同研究問題」である。
今回、筆者らはチームが結成された時点から、現地での活動を展開するなかでおこった出来事を、個々の異なる見えを統合するのではなく、それぞれのズレに着目しつつ整理している。そうすることで多様な見えは、「真実」が決められないという困難ではなく、現場で自明になっている前提に気づくきっかけを与え、現場への見方を更新する手がかりとなりえると考察している。
このように本研究は、理論上の難問に正面からとりくみ、多様で相容れない見えを、多様なままに記述する方法論の発見にとりくんだという点で、新たな研究方法論の可能性を開くものであることが評価された。また、本論で示されるエピソードのひとつひとつが、災害現場にはいったエスノグラファーが直面する切実な問題を描きだすものであり、著者らがフィールドでどのようにふるまい、現場からみられながら活動したのかが分厚く記述されている点も評価された。
ただし、とりあげられた事例のいくつかについて、本当に「羅生門問題」といってよいのかどうかは疑問が残る。事例の記述に紙幅を割いたため、従来からあるエスノグラフィーに関する指摘とどう異なるのかなど、方法論を明確に示すには至っていないとも指摘できる。
とはいえ、フィールドワークを行い、エスノグラフィーへとまとめていくなかで生じる理論的課題に真っ向から挑戦し、それを乗り越えるための方法論を示した功績は大きい。
以上のことから優秀フィールド実践記述革新論文賞を贈ることとする。
優秀協働自己エスノグラフィー研究論文賞
中井 好男・丸田 健太郎
音声日本語社会を生きるろう者家族の生きづらさ ― 見えないマイノリティによる当事者研究21号(2022),pp.91-109.
本論文は、ろう者の両親を持つCODA(Children of Deaf Adults)と、ろう者の姉弟を持つSODA(Siblings of Deaf Adults / Children)の当事者である著者たちが、ろう者の家族としての生きづらさを描き出した研究である。音声言語が支配的な日本社会において、ろう者の家族であり聴者でもある著者たちは見えないマイノリティと言うべき存在であるが、一口にろう者の家族と言っても、その影響はけっして同じではなく、著者たちのあいだにも、さまざまな経験の違いがあることが対話を通じて明らかになっている。その意味で、本研究は優れた当事者研究と言えるが、同時に、互いを対話の相手として協働自己エスノグラフィーを実施するという手法の斬新さも高く評価された。特に、対話によって問題が外在化されることで、著者たちの考え方が、「ろう者を家族に持つことは隠しておくべきことである」というドミナント・ストーリーから、「ろう者家族とのバイカルチュラルな豊かな経験を社会の問題として還元するべき」ものとして捉え直すオルタナティブ・ストーリーへと変容しつつある、という考察は、協働自己エスノグラフィーのもつポテンシャルをよく言い表している。本論文では、立場の異なるろう者の家族に注目しているが、協働自己エスノグラフィーの手法は、他の当事者研究にも適用できるし、さらには当事者研究の枠組みを超えて応用できるだろう。
このように、本論文は、意欲的な当事者研究であると同時に、協働自己エスノグラフィーの方法論を拡張する試みであり、さまざまな研究にとって参考になる点を評価し、優秀協働自己エスノグラフィー研究論文賞を贈ることにする。




