優秀論文賞(ある視点探索遂行賞)
横山 克貴・能智 正博
自己を語る人称代名詞の変化は語りの体験に何をもたらすか21号 (2022), p150-168.
授賞論文は、人称代名詞を変えて日記を書く心理療法(PDPD)を下敷きにして、自己を語る際に主語を変えることが当人の体験にどのような変化をもたらすのか検討したものである。
賞の名前の一部を仏カンヌ映画祭の「ある視点」賞から拝借した。人間は言葉に縛られて生きている一方、主語を変え、視点を移動することで新たな世界を生きることができる。これは映画を含めた様々な作品がすでに示してきたことであるが、語りの主語を一人称代名詞から二人称や三人称に操作的に変える具体的な研究を通して、言葉の重要な側面を提示している着眼点が高く評価された。なお、「主語を二人称に変え、仮構した他者に語ることで、再帰的に自己に語るようになる」という主要な研究成果自体は目新しいものではない。今後の研究展開に大いに期待したい。
また本研究では、筆者の着眼点が先にあって、その着眼点(テーマ)に応えるために、操作的に人称を変える探索的な実験、数をカウントした比較、実験時の語りとインタビュー時のコメントを併せた検討といった方法と分析が、「探索」的に「遂行」された点も評価された。「現場に行くのが質的研究」「○○という方法は質的研究」「数字ではなく言葉を扱えば質的研究」、ではないはずである。量的研究に対するかつての批判は、数を使うことにではなく、数の操作に拘泥することに対して、つまり方法にテーマが限定されることに対してであった。必要なら実験をしたらいい、説得的なら数を数えたらいい。方法や分析を探索しつつ遂行する姿勢は、質的研究の範を示してくれている。
優秀論文賞(当事者研究新地平賞)
西垣 正展
聴覚障害当事者における「困りごと」の認知をめぐる聾学校の自立活動の授業実践 ― 当事者研究の視点を援用して22号 (2022), p225-243.
「困りごと」は通常、困りごとを抱えた本人にとって、意識化されたトラブルと考えられがちだが、筆者が問題にするのは、その反対に、トラブルがトラブルとして認識されない状況である。本論文の研究対象である聾学校の生徒たち(中学部1年次生3名)は、彼らの先生でもある筆者に「困りごと」の経験を問われると、当初はその問い自体を理解できず、戸惑うばかりであった。それでは何が「困りごとの認知」を妨げているのだろうか。この論文は、筆者自身も聴覚障害当事者であるという立場から、半年間10回の授業を通して、「困りごと」を明確に言語化し、それがその場の共通認識となるまで対話を深めることによって、困りごとの構造を明らかにすることに成功している。それは、情報保障が行き届いた聾学校という場において、べてるの家のように、弱さを互いに公開して持ち寄り、困りごとをオープンに話し合うことを可能にした当事者研究による授業実践の成果である。その結果、当初は困りごとに対して閉鎖的だったコミュニケーションが、自立活動の授業実践を通して、しだいに開かれていった。論文賞の命名はここに由来する。
それでは困りごとの認識を妨げる社会的障壁とは何だろうか。当事者研究が可能であった聾学校から一歩外に出れば、たとえ家庭であっても、親が健聴者であれば、聴覚障害者が社会で出会う困難は、すぐに理解され難い。また、聴覚に障害があることが公共の場で顕在化すると、それがスティグマになる場合がある。さらに、聴覚障害支援機器に由来する困難もある。これらが組み合わさって、「困りごとの認知」を妨げているのである。その意味でも、聾学校における当事者研究をベースとした対話的授業実践の意義は大きい。
優秀論文賞(解釈創造賞)
森 薫
子どもの替えうた創出と共有 ― 小学校音楽科授業の観察を通じた検討22号 (2022), p260-275.
本論文は、小学校第3学年(30名)とマキ教諭の音楽科授業を、ビデオカメラとメモを携えながら1年間観察し、子どもたちがどのような楽曲をどのようなタイミングで「替えうた」にし共有するのか探求したマイクロ・エスノグラフィー研究である。
本研究が高く評価されたのは、「替えうた」という馴染みのある事象に着目した着眼点のユニークさをはじめ、フィールドワークの丁寧さ、事例と理論を大胆に絡み合わせながら「替えうた」の奥深さを提示し、読み手の興味関心を喚起した点にある。
例えば、論文中に示された様々な「替えうた」は、読み手を、一気に、子ども目線へと引きずり込む。同時に、公然とは話せないような歌詞が頻繁に登場する「替えうた」が、授業という権威空間で自発的に生まれ共有されていくのはなぜなのかといった問いが、躍動感を伴って立ち上がってくる。
ここで感じたユニークさは、後半の考察においても衰えない。研究者は、考察において、教室談話研究や状況的学習論と拡張的学習の理論を参照しつつ、自発的に替えうたを創出・共有することの意味を探求していく。そこでは、最も頻繁に替えうたにされた《くまのおどり》という合奏曲が、子どもという【主体】にとって馴染みにくい【対象】であるという矛盾が存在しており、自分たちに扱いやすい親しみのあるものにするために「替えうた」を創出して矛盾を乗り越え、その意味を拡張させているのだと結論づける。そして、こうした拡張的学習を支えているのが、子どもたちの自発的な発話や行為を受容するマキ教諭の緩やかな規範【ルール】だという。授業という権威空間において拡張的学習をいかに可能にしていくのか、今後の教育の在り方を考える上でも、重要な示唆を与えてくれる。
本論文は、出発点としてのユニークさと後半部分の読ませる考察のギャップが読み手を触発し、さらなる解釈を想起させた。読み手の心を揺さぶり、拡張的学習を促す論文であるというという点で〈解釈・創造賞〉に相応しいと判断した。




