締切:2018年10月末日 → 2018年11月23日(受付終了)

特集主旨:日本質的心理学会は2004年に創立されたが、それに先立ち、本誌『質的心理学研究』はすでに刊行され続けてきた。「質的心理学」という名称も定着し、心理学領域のみならず、社会学、看護学、教育学、民俗学、人類学、障害学、工学に至るまで、現在の本誌を支える裾野は非常に広範囲となっている。ただ誤解を恐れずに言えば、本誌刊行から十数年の月日が流れ、その裾野が広がるにつれて、学会員間においても研究上のコミュニケーションが成り立たない場合も散見され始めた。 このような状況を憂慮し、責任編集者の一人である宮内は、「現在の質的心理学における“最大公約数”とは何か」ということを考えていた。いくつもの“公約数”が挙げられようが、そのうちの一つは「身体」ではないだろうか。しかも、生きた/生きられた生身の身体である。そこで、この身体を対象にした質的研究、あるいは、生身の身体を介した/通した質的研究による成果を今号では募集したい。

見る/見られる身体。動く/動かされる身体。管理する/される身体。変形する/される身体。交流する/される身体。彩る/彩られる身体。商品化する/される身体。ケアする/される身体。鍛える/鍛えられる身体。

このように、思いつくままに述べていくと、相互行為研究や、社会現象の分析など、多様な展開が期待され、これを機に新たなテーマが浮かび上がったり、焦点が当てられるかもしれない。
身体を対象とした研究といえば、私たちがまず頭に浮かぶのは『ボディ・サイレント』であるが、今回の特集テーマは、〈病〉に関する研究のみに閉じてはいない。
例えば、『ローカルボクサーと貧困世界:マニラのボクシングジムにみる身体文化』(2013年度第12回日本社会学会奨励賞受賞)という秀作がある。著者の石岡丈昇が、フィリピンのマニラ首都圏のボクシングジムに寝泊まりし、ボクサーたちとともに生活を共にした経験をもとに描いた、ボクサーについてのエスのグラフィーである。このエスノグラフィーは、マニラのローカルボクサーを描いたものではあるが、一方でフィールドワーカーである石岡本人の生身の身体もまた対象となっている。さらに、フィールドワーカーである石岡が、ローカルボクサーとともに生活することによって、石岡本人の生身の身体を通した質的研究にもなっている。
本特集が取り上げるのは、このような空腹の中の鍛錬によって、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされた極限状態の場だけではない。例えば、細馬宏通は認知症高齢者グループホームで観察をすることによって、『介護するからだ』を著した。ここでは、介護場面においてシンクロする身体の動きや、互いに調整し合う身体の動きなどが丁寧に描かれている。
本特集では、見る側と見られる側のそれぞれの身体、あるいは双方の身体に焦点を当てた論文の投稿をお待ちしている。蛇足ながら、本特集は、日本国内で開催される予定の「スポーツの祭典」、第32回オリンピック競技大会(2020/東京)と東京2020パラリンピック競技大会の開催年に刊行される(2016年12月現在)。
最後に、少し乱暴なことを記せば、質的研究の大半は、生身の身体を通してなされている。そのことに自覚的でチャレンジングな研究の成果を、編集者は期待している。