締切:2020年10月末日(厳守)→(受付終了)

趣旨:質的研究は、狭義には質的データを扱う分野、言い換えると数量的な分析に則ることが難しいデータやテーマに関する学問領域であるが、広義には従来の研究法を批判的に検討する,また従来の研究法を拡張する研究法の学問領域であった。本特集では、質的研究法の拡張,特に機械,AI(ロボット)、インターネットによる研究法の拡張を取り上げる。

「今日の子どもの親は、子どもたちの運動会や演劇や音楽会を、目や耳で直接楽しむのではなく、その場で8ミリビデオに記録することに専念し、後にテレビに写し出して楽しむのである。このようにテレビに写し出された疑似現実こそが私たちにとっての新しい『リアリティ』なのである」(麻生武,1996,p.12)

麻生が記した「リアリティ」の移ろいは過去のことではない。8ミリビデオはスマートフォンに、テレビはYouTubeやSNSに置き換えられ、より生活の中に浸透することで、技術やリアリティの変化の影響はますます強くなっているとさえ言えるだろう。このような新しい技術や、そこから現われる新しいリアリティは、学術研究の研究法にも影響を与えるはずである。

自然場面での行為を観察した古典的研究として、バーカーとライトの著書“One boy’s day”(Barker & Wright, 1951)が挙げられる。7歳の男の子レイモンドが朝起きて夜寝るまでに行った行為と彼を取り囲む物理的・社会的状況を8名の観察者が交替しながら自らの耳目を通して観察・記録を行っている。それから半世紀が過ぎた現在、自然場面における行為を観察する新たな方法が出現しつつある。それは機械やAI(ロボット)、そしてインターネットといったメディアを介した観察者の耳目を直接介さない研究方法である。

「EAR(Electronically Activated Recorder)」はスマートフォンのアプリで、設定した時間ごとに音声を録音する。スマートフォンを対象者の腰につけ、録音することで、観察者なしで自然場面での対人接触の観察およびサンプリングを行っている(Mehl & Robbins, 2012)。次に、「キーポン(Keepon)」は黄色い雪だるまのようなロボットで、目にカメラ、鼻にマイクが埋め込まれている。主に自閉症児の療育現場にて、通常は遠隔で操作しながら、キーポンとの子どもたちのやりとりを観察している(小嶋,2014)。そして、ゴスリングとメーソン(Gosling & Mason, 2015)によれば、インターネットは取り組むことが難しかったテーマに取り組む新たな研究法を心理学研究にもたらした。個々人が胸の内に抱える秘密は、自然場面で明らかにすることは難しく、実験や調査、インタビューによって研究されてきた。メールやSNSは、秘密に関する複雑なやりとりを可能にしていて、新たな研究法を提供している。

本特集は、どんな研究法でも新しいというだけで実践することを推奨しているわけではない。本誌第19号で特集されるように、人間である研究者は身体として成り立っていて,その研究者が実践する研究法の拡張には適切・不適切があるだろう。新しい方法を取り入れつつ,テーマに対する向き・不向きを知り、バーカーとライト(1951)のような古典的な研究法と使い分けること、それが本特集の方向性である。

機械、AI(ロボット)、インターネットを取り入れた質的研究法の拡張を押し進める意欲的な論文の投稿を、首を長くしてお待ちしている。具体的には、機械等を取り入れた新たな質的研究法の実践研究とその研究による方法の拡張に関する議論、機械等を取り入れた研究法と古典的研究法でのテーマに対する向き・不向きに関する比較研究、質的研究法の拡張の歴史と機械等を介した今後の質的研究法の展望に関する文献研究といった論文の投稿を想定している。

【引用文献】麻生武 (1996) ファンタジーと現実. 金子書房.;Barker, R.G. & Wright, F.W. (1951) One boy’s day: a specimen record of behavior. Harper; Mehl, R.M., & Robbins, M.L. (2012) Natural observation sampling: The Electronically Activated Recorder (EAR). In Mehl, M.R., & Conner, T.S.(Eds.), Handbook of Research Methods for Studying Daily Life (pp.176-192). Guilford Press; 小嶋秀樹 (2014) ロボットとのやりとりに意味が生まれるとき. 岡田美智男・松本光太郎(編)、ロボットの悲しみ (pp.101-124). 新曜社.;Gosling, S. D., & Mason, W. (2015) Internet research in Psychology. Annual Review of Psychology, 66. 877-902.